「闘」の旧字体をめぐって
- 改定前の常用漢字表では、「闘」の旧字体(康熙別掲字)がつぶれていて、字体が判別できない。この字を、JIS X 0213は下図のような例示字体で収録した。そして改定常用漢字表も、おそらくそれに倣っている。以下、「どうしてこれがこれになるの?」という素朴な疑問を出発点として調べてみた*1ことをメモしておくが、あらかじめ断っておくと、特におもしろい新事実が明らかになったりするわけではない。
- 「闘」の康熙別掲字の可能性があるのは、Unicodeの符号位置でいえばU+9B2CまたはU+9B2D。汎用電子(Hanyo-Denshi)のIVDには5種類、Adobe-Japan1のIVDには3種類の異体字が登録されている。
- また、わたしのMacに入っている中文フォント(Songti SC)の字体、『明朝体活字字形一覧』(文化庁文化部国語課)に掲載されている字体なども含めると、「鬥」の中の「斲」の左の部分(𠁁)だけでも下図の9種類に分類できる。JIS X 0213が康熙別掲字としているのはGだが、この形は『明朝体活字字形一覧』では少数派で五車韻府のみ(五車韻府はFの可能性もある)。
- 豊島正之「文字の符号化 ― 新JIS第3水準・第4水準の開発から見た ―」(京都大学大型計算機センター 第64回研究セミナー報告)によれば、「闘」の康熙別掲字をJIS X 0213に収録するにあたっては、「常用漢字表(中間答申)」まで遡ってもつぶれていて細部がわからず、一般の辞書・字書類から「いわゆる康煕字典体」を推測しようとしても字体が収束しないため、やむなく「新漢字表試案」の字体に基づいたという。で、「新漢字表試案」を見ると、これまた微妙。
- 「新漢字表試案」の見出し字は基本的に石井明朝なのだが、件の字を含めた一部の字は粒子が粗く、複写したものが貼られているように見える。とするなら、漢和辞典から持ってきた可能性がある。というわけで、当時存在した漢和辞典を(当時の版とは限らないが)調べてみると、下図のようなかんじ(数字は連番、アルファベットは上の図の分類)。三省堂の④⑤⑥は同じ書体。⑩⑪は大漢和と同じ石井明朝で、右端の縦画がハネない。
- この中では三省堂の④⑤⑥が、かなり「新漢字表試案」に近い。重ねてみたのが、下図。決め手には欠けるが、たぶんこれかなあ。そうであれば、結局「新漢字表試案」の字体はJIS X 0213の判断のとおりGということになる。JIS X 0213の委員会が三省堂の漢和辞典まで辿ったかどうかは知らない。